Moonlight scenery

      “The feast of the flower viewing.
 


王宮の庭園には、世界中から集められた珍しい樹木草花が取り揃えられており。
殊に翡翠宮周縁には、四季を巡って次々に咲いてくれるようにとの計算の下、
可憐な花をつける草木が特に厳選されて植樹されてある。
代々の住人が東宮、つまりは皇太子だったことも大きく関わっちゃあいるが、
現王の治政下において、
此処で寝起きする住人は第二嫡子のルフィ王子だったりし。
彼のほうが相応しいかろうと、
兄のエース殿下からして言い出したというほどに、
そりゃあもうもう皆から甘やかされている王子様だってのは、
まま今更な話じゃああるけれど。
そんなルフィ王子のためにと新しく植樹された樹が、
実は意外に多かったりもし。
外遊の多いエース殿下が、持ち出すことを許される限りの様々に、
いろいろな国々から可愛らしいもの、持ち帰っては植えさせており。

 『まあ、気候の相性が合わねぇのは無理から植えても可哀想だから、
  そうそう何でもかんでもってワケでもねぇけどな。』

それでも、お花を見て喜ぶ弟君の、無邪気な笑顔見たさにと、
せっせと各国の綺麗どころへの調べを手掛けるの、
絶対に忘れない律義さには、腹心の皆様までが感心しておいで。
ともすればその国の君主より詳しい場合もあったりし、
植物図鑑でも編纂なさるかと揶揄されたのへ、
それはいいと手を打ったなんてな話が、
どこまでホントか彼らの間で語り継がれているほどで。

 「わあ、今年も凄げぇ咲いたなぁvv」

特にルフィがお気に入りなのが、
これもまたそのエース殿下が持ち帰った桜の木。
まだ王妃が存命中に、話だけは聞いていた樹木であり、

 “そういや東方のお人だって言ってたな。”

日本固有のというイメージが強い、それは可憐で、なのに富貴な木花。
他の樹木と大きく異なるのは、その花の咲きようで、
冬の終わりに寒い中で一旦ギュッと締められてからじゃないと、
蕾への刺激にならないため、
ただ暖かくなっただけじゃあなかなか咲かないというのも不思議なら。
あちこちの梢の蕾が次々に、入れ替わり立ち替わり咲いての、
花の時期が1ヶ月近く続くというよな、いわゆる樹花のセオリーにも縁がなく。
最初の数輪がほころんだら後はあっと言う間に満開へまで、
いっせいに咲きそろってのその密なこと、
花の霞や花の闇という言葉があるほどに凄まじく。
濃厚な花たちの密生は、観る者を片っ端から魅了してやまず、
殊に夜陰の中、月光を浴びて白く輝くその風情は、
精霊たちの実在を誰へでも信じさせようほどの、
それは神秘的で麗しい魅惑に満ちており。

 「一番凄げぇのが一斉に散るときだってのが、何てのか ずっこいよな。」

今はまだその盛り、
散るよな気配なぞ微塵もなくての、美麗透徹。
凛々しいやら清々しいやら、健やかな佇まいしか感じられない、
なかなかに大きめの幹した、枝垂
(しだ)れ桜だけれども。
少しほどなぞえになったその上へ、
掲げるようにと植わったそこから、
もう少ししたらばザアッと一気に舞い散る姿が、
それは見事で…凄絶で。

 『此処だけの話だが、
  ルフィは小さいころはな、それを観るのをそりゃあ嫌がったんだ。』

だって、母上が大好きだったお花だから。
それが一斉に散ってくなんての、観たいとは思わないというもの。
当初はエース殿下も“失敗したかな”と思ったらしいが、

 『まま、満開のほうは気に入りだったんで。
  だったら散るのさえ見せなきゃいいさねと、
  撤去はせずの、結局残しておかれたんだがな。』

小さかった王子様、
年々と大きくなってゆき、
いつしか…悲しいまでの美しさへも素直に感じ入るよになったから。
それは美しい散りざまへも、
たまさか来合わせたなら見入っておいでだということだったが、

 「……あんま大口開けてっと、蜂が飛び込むぞ。」
 「おおお、それはヤバい。」

高みの梢を、ぽかんとお口を開けて見入っていた王子様へ、
さりげなくも助言を寄越した護衛官殿。
ちょうど桜の真下のあたりの開けたところへ、
テーブルだのベンチだのを立ち並べ、
ランチの準備が執り行われている最中であり。
園遊会とは大きく別口、
身内だけの観桜会が予定されてる午後だったりし。
準備に忙しい人々の邪魔はせぬようにとしつつの、だが、
どうしても先に眺めたくてとの意向から。
背丈以上の高みから降りてくる格好の桜の花房、
じっとずっと眺めておいでの王子様。
眺めるだけなんてのへはすぐに飽きるはずの溌剌わんぱく王子が、
何を想うか、遠い眸をして黙りこくる図は、
護衛官殿には滅多に見かけぬ姿だったようで。
さっきの注意も効いたのは一時だけ。
またぞろ、お口がついつい開いている王子様だが、
惚けて見えぬなら まあいっかと、
今度は注意もしないで放っておいて。
自分も眺めかかった桜花だったものの、

 「………。」

護衛する立場だから、という以上に、
どういうものだか、隣りが気になるゾロであり。
自分が知らぬ、昔のいろいろ。
それらを克服しもし、新たな感慨を得もしての、
亡き母后を思い出させる桜樹を、
視線越しに魂をまで、強く強く吸い寄せられているかのようにと、
ただただ見入る彼なのが、

 「……。」

大人げないほど気になってしようがない。
時折、風に揺れてのゆったりと、
宙にその腕 泳がす様がまた、やさしい“おいで”にも見えるから。
柄にないほどその胸を衝かれてしまい、
自分まで感傷的になってどうするかと、
視線落としてしまっておれば。

 「花火みたいなんだよな。」

ルフィがぽつりと呟いた。
花火?
おお。あっと言う間に散ってしまうから、
いつもいつも忘れないようにって、覚えとこうって見てんだけどもさ。

 「葉っぱが繁っちまうと、それもまた綺麗な緑なもんだから。」

あっさりと、輪郭さえ思い出せないほど忘れちまうのの繰り返しでサ。

 「俺ってただお馬鹿なだけじゃなく、薄情なんかな。」

単調な声音で、そんな風に言い出したので。

 「…薄情な筈があるか。」

馬鹿言うなと、ゾロが吐き出すように言い返す。
薄情な奴がどうして、3年かけて ただの侍従を捜し出すものか。
仕える者なぞ たんといるというに、
色んなことを我慢し、頑張って、
根気よく調査を続けさせ、
吉報をただただ待って、たった一人を探させて。

 “そんな奴が薄情な筈があるか。”

そういや、桜は樹齢の長い銘木が多いことでも有名だとか。
そうさ、だから“儚い”存在なんかであるもんか。

 「何度でも覚えてくれって、そういう戦略なだけだ。」
 「戦略かぁ…。」

  なんか、ゾロにかかると全然ロマンチックじゃなくなるのな。
  うっせぇな。そういうのはグル眉に任せとけ。

今はルフィも視線を戻し、
同じ風の中、傍らに立つお人をだけ見やっており。
大好きな彼へと、
それは嬉しそうに しししっと微笑ってくれたのだった。





  〜Fine〜  10.04.12.


  *王宮ですから桜の1本くらいはあろうかと。
   たまにはしんみり、神妙な王子を書いてみたくなりました。

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